放射性物質の動き-河川水系Radioactivity Dynamics in River System
(2025年)
Q河川における放射性セシウム(137Cs)濃度の季節的・長期的な変化には、どのような環境因子が影響しているのですか。
A水に溶けている(溶存態)137Csの濃度は水温の影響を受け、夏に高く冬に低い季節変動を示します。一方で、水中の懸濁粒子に付着している(懸濁態)137Csの濃度は目立った季節変動は示しません。また、記録的な降雨イベント後には137Cs濃度が急激に低下することがあります。特に被災地域に甚大な水害をもたらした2019年の台風19号の後、溶存態・懸濁態137Cs濃度の顕著な低下が複数の河川で観測されました。
福島第一原子力発電所事故により周辺の地域に沈着した137Csの多くは、除染が行われていない山林などにまだ残存しています。そのため137Csは山林から河川を通じて海に流れ出続けており、その影響を受けて川に棲息する一部の淡水魚の137Cs濃度は基準値を超え、いまだに出荷制限の全面解除は行われていません。原子力災害からの水環境の回復を達成するためには、河川水中の137Cs濃度が現在どのような状況にあって、その濃度が様々な環境因子の影響を受けてどのように決まっているかを明らかにすることが重要です。
国立環境研究所では、福島第一原子力発電所周辺の4つの河川(農地を流れる2河川・流域のほとんどが森林の2河川)と貯水池の下流部において、2013年から2021年にかけて毎月河川水を採取して水質成分を測定し、得られた溶存態・懸濁態137Cs濃度がどのような環境の影響を受けて決まっているかについて解析しました。その結果、水温・懸濁物質(SS)の濃度・大規模な降雨による流域撹乱が137Csの季節変動や長期変化に関わっていることがわかりました。
図1.河川観測地点. 農地流域:①宇多川 ②真野川、森林流域:③太田川 ④小高川、
貯水池下流部:⑤太田川支流(貯水池からの懸濁物質流出の影響が大きく、森林河川と区別)
溶存態137Cs濃度の季節変動:水温との連動
5つの河川で137Cs濃度の変動を解析した結果、どの地点でも溶存態137Cs濃度は年々低下するとともに、夏に高く冬に低いという季節変動を示しました(図2)。このような季節変動を示す原因の一つとして、溶存態137Csと懸濁態137Csの間での濃度のバランス(化学平衡)が、水温が上がることで溶存態137Cs濃度が上がる方向にシフトしたためと考えられます。
図2.河川水中の溶存態137Cs濃度の経年変化
この濃度バランスの指標として、分配係数(Kd)という値がよく使われます。Kdの値が大きいほど、137Csは懸濁態としてより存在しやすいことを意味します。
137Csが水中で化学平衡の状態にあると仮定できれば、分配係数Kdと温度の間の関係は、熱力学の理論式であるvan’t Hoff式に従うことが知られています。そこで国立環境研究所の研究チームでは、観測データが水温(絶対温度)の逆数と分配係数Kdの関係を調べるvan’t Hoffプロットによって再現できるかを検証するとともに、この回帰式から得られる、温度変化による137Csの粒子への吸着の強さ(反応エンタルピー)を求めました。その結果、農地流域(宇多川・真野川)および貯水池放出口では、観測データが理論式によって良好に再現でき、反応エンタルピーは-15.6~-19.6 kJ/molの範囲で、過去の研究で示されたものとほぼ同じ値を示すことがわかりました。
図3.水温の逆数値と137Cs分配係数の対数値の関係(van’t Hoffプロット)
一方、森林河川の観測データは理論式による再現が良好ではない(決定係数R2が農地河川に比べてかなり小さい)という結果が得られました。このことから、森林河川における溶存態137Cs濃度は単に懸濁粒子との137Cs濃度バランス(イオン交換)で決まっているのではなく、落ち葉(リター)に含まれる137Csや、水中で137Csと類似した化学的挙動を示すカリウムイオン(K⁺)などの影響を受けていることが示唆されました。
懸濁態137Cs濃度の変動:降雨流出や除染事業の影響
河川水中の懸濁態137Cs濃度は溶存態137Cs濃度のような周期的な変動を示さなかったものの、長期的なデータの解析から、降雨や除染事業の影響を受けた濃度の変動が観測されました。顕著な傾向が見られたのは農地河川で、懸濁物質(SS)濃度が上昇するとSS中の137Cs濃度が低下することがわかりました。この原因としては、降雨が強いほど、懸濁物質中における137Cs濃度の低い農地由来の土壌(除染済のため)の割合が高くなる可能性などが考えられます。また、真野川では流域の除染が行われた2015年~2016年にかけてSS中の137Cs濃度の大きな低下が見られたことから、除染事業による農地からの137Csの除去が河川水中の137Cs濃度の低下をもたらしたことがうかがえます。
図4.河川水中の懸濁物質中の137Cs濃度の経年変化(縦軸は対数スケール)
記録的降雨イベントの影響
河川水中の137Cs濃度は流域からの137Csの供給量と河川の水量によって決まるわけですから、137Cs濃度は当然降雨イベントの影響を受けます。過去の我々の研究では、河川が増水した時の137Cs濃度は森林河川では溶存態・懸濁態ともに平水時より高くなる傾向が観測されたものの、流域からの137Csの供給速度を上回る規模の降雨が発生すると逆に平水時より低くなることもわかりました。また、毎年発生する規模の台風(総降雨量100~200 mm)では、台風後の平水時における河川水中の137Cs濃度は台風以前のレベルに戻りますが、流域が激しく撹乱されるような記録的な大雨では濃度レベルがもとに戻らないケースがあることもわかりました。
2019年10月12日から13日にかけて観測流域に到達した台風19号(令和元年東日本台風(Hagibis))は観測期間中(2014~2021)で最大の降雨量(約500 mm)をもたらし、山林のいたるところで土砂崩れが発生しました。台風直後には複数の地点において河川水中の溶存態・懸濁態137Cs濃度は急激に低下し、その後2~3年間にわたって低い状態が続きました(図5)。この原因としては、137Cs濃度の高い森林のリター層や表層の土壌が一気に流亡し、その下層にある137Cs濃度の低い土が137Csの新たな溶存態137CsやSSの新たな供給源となったことを示唆しています。
図5.太田川における溶存態137Cs濃度(水温の影響を除去した補正値)の長期変動傾向
2019年の台風19号直後の急激な濃度低下以降、長期的なトレンド(青線)が変化した。
(引用:国立環境研究所 FRECC+ 研究紹介(2025.04.30))
本研究により、河川水中の放射性セシウム濃度に影響する環境因子が明らかになりました。
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溶存態137Cs濃度は水温と連動して季節変動する。
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懸濁態137Cs濃度は懸濁物質の濃度の変動や除染事業の影響を受ける。
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記録的な降雨イベントによって、溶存態・懸濁態137Cs濃度の長期的な低下がもたらされることがある。
こうした知見は、今後の放射性物質の動きを予測するための数理モデルの構築や効率的な水質モニタリング計画をデザインするための基礎となります。

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